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 2019611日、東京都新宿区にある映画館『新宿ピカデリー』で行われた映画『氷上の王、ジョン・カリー』のトークイベントにおじゃましました。

  登壇するのはプロフィギュアスケーター、ジョニー・ウィアー

  2004年から2006年まで男子シングルで全米選手権三連覇を果たし、2008年世界選手権では銅メダルを獲得。あの羽生結弦選手が憧れるスケーターとして日本でもおなじみですよね。

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 劇場には600名近い観客が訪れ、今か今かとジョニーの登場を待ち望みます。そして、紹介とともに和装を思わせるドレス姿で登場。大歓声と拍手が巻き起こりました。

「みなさんこんばんは。ジョニー・ウィアーです。ここに来れて最高です」

  と日本語であいさつ。まるで日本で生まれたネイティブな発音で、「さすが親日家ジョニー!」という感じでした。

 実はトークショーの前、会場入りを待っていた報道陣の横をジョニーが通りすぎていったのですが、この時も、彼は流ちょうな日本語で「こんばんは、ありがとうございます」と頭を下げながら挨拶をしてきたのです。しかも報道陣、一人一人に頭を下げるかのように。なんて腰が低く、素敵な人柄と思わず、感激してしまいました。

 今回、参加しているアイスショー『ファンタジー・オン・アイス』のあいまをぬって、神戸大丸で購入したというイッセイ・ミヤケの衣装で登場したジョニー。美意識が高く、フィギュア界のファッションアイコンでもある彼は、衣装も自らセレクト。

「テレビの仕事をいっぱいしているので、新しいものを求めるためにも、日本で毎回、買い物をします」

 うれしいコメントをしてくれました。

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 さて、ジョニーも出演する映画『氷上の王、ジョン・カリー』は1976年インスブルック五輪で金メダルを獲得した伝説のイギリス人スケーター、ジョン・カリーの人生を追ったドキュメンタリー。

   カリーはスケートにバレエのメゾットを取り入れた演技でスポーツから芸術の領域までに昇華させました。
 しかし、その功績よりもマスコミが真っ先に伝えたのは彼のセクシュアリティ。
 彼がとある記者に語ったことがオフレコであったにも関わらず、報道されてしまいました。同性愛者に対する差別が公的だった時代、金メダリストがゲイであることは世界中を驚かせたのです。

 自身もゲイであることを公表しているジョニーは、トークショーに来ていた観客に向けて、次のように語りました。

「この映画を見に来て頂いた方に感謝の気持ちを申し上げます。この映画はフィギュアスケート界だけではなく、自分らしさを求めているみなさんにとって重要なもので。この世界で自分らしさを求める。自分らしい生き方をするのは重要」

 まわりに流されず、自分のスタイルを貫いてきたジョニーの言葉は説得力があります。ここからは司会者とジョニーのトークが続きます。

 

――ジョニーさんはこの映画ご覧になっていますよね?

「当然見ています。どうやって見たかというと、iPadで飛行機や車の中など移動中にこの映画を見ました。残念ながらシアターでは見ることができなかったんですが、日本全国の映画館で上映されるのは素晴らしいです」

 

――映画を見た感想は?

「複雑な感情が生まれてきました。僕は1984年生まれなので、彼の存在を知らず、自分がフィギュアスケートを始めたときに、初めて知りました。彼はアスリートとしていろんな目標を立てて、それを達成していった人物なので、そこは素晴らしいと思う。ただプライベートではいろんな問題が発生していたので、アスリートとしては素晴らしい生活を送っていたけど、プライベートでは様々な問題があったので、この映画を見たときに泣きたいのか笑いたいのか…、すごく複雑な感情になりました」

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――ファンタジー・オン・アイスのツアー中(この時点では神戸公演を終えた段階)だということですが、ここまで終えた感想は?

「ファンタジー・オン・アイスは世界一のフィギュアスケートのショーで、オリンピック選手がたくさん参加し、皆さんも大好きな羽生結弦選手も出場しています。みんな家族みたいな存在。今年で10周年を迎え、毎年、出るのを楽しみにしています」

 

――アイスショー以外でファンの皆さんの前に出るのは久しぶり?

「こうやってファンの前でお話できる機会はほとんどありませんね。ツアー中はいろんな会場を移動したおり、なかなかファンの方の前でお話することはできないので、いま、幸せな瞬間です」

 

――映画はどういうかたちでオファーが来た?

「僕のスタッフのところに話が来ました。フィギュアスケート選手は現役中、自分を主張しながら、トレーニングをしていきます。私自身はそういう段階を得て、どちらかといえば現役の終わりに入っている時期ですので、自分を主張するよりは、みんなをサポートする、業界全体をサポートする役割を果たしていきたいと思います。いま、一緒にスケートをしている仲間は学生の頃から知っていますし、みんななのでお互いをサポートしあってきたのでお互いすぐに賛成してくれました」

 ここで通訳の男性にちょっかいを出すジョニー。会場からはなごやかな笑い声が起きました。

 

――ジョン・カリー(ジョニー)が物心ついたころにはいないスケーターで、リアルタイムではご覧になってはいないと思いますが、ジョン・カリーはどんなスケーター? 技術、芸術性においてどんなスケーターだと評価しますか?

「彼は細かいところを見逃さずディテールに注目していたのが特徴的でした。当時は女性のフィギュアスケート選手でも、自分の感情を表現することはうまくできていなかったんですが、彼は感情を表現することや当時、彼を超える技術のフィギュアスケート選手はいませんでしたし、どちらかといえば完ぺき主義で、細かいところを見逃さず、すべてを完ぺきにこなすところが彼のすごさでした」

 

――音楽、衣装、振り付け、革新的な人物でした。その辺の評価は?

「大事なのはこの世界で自分のあとを残すというのが大事。今も、僕はこうやってドレスを着て、皆さんを喜ばせていますが、こんな風にして人を笑わせる、感動させることは大事なんだなって思います。それを彼はずっとやってきて、音楽の選択、衣装の選択、彼は独特の感覚でやってきました。どんな厳しいトラブルがあっても、自分のクリエィティブなところを残しつつ、ずっとやってきた人物で、そこは魅力的です」

 

――いま、おっしゃっていたことはイコール,、ジョニー・ウィアーさんにも当てはまるかと思います。音楽、衣装、アクティブにおいて、つめ跡を残すところはジョニー・ウィアーさんに通ずるものがありますが、それは自分も意識している?

「うれしいお言葉を頂きました。ジョン・カリーみたいな存在があったからこそ、私が氷に出て、自分らしいスケートができるようになりました。フィギュアスケート選手は氷の上で自分を表現し、それを年齢が上の人たちはいいかどうかを判断して、毎回、ジャンプ失敗したり、ミスをしたときは自分がやっていることが正しいのか疑問に思うことがある。でも、ずっと自分がいいと思っていること、自分らしいことをやり続けるのが正しいと思って、氷の上でもそのことを表現してきました」

 

――そういう点でもジョニーさんはジョン・カリーの遺伝子を受け継いでいると思いますが、他に彼の遺伝子を受け継いでいるスケーターはどんな方がいますか?

ステファン・ランビエールがまず、頭に浮かびます。彼は細かいところに意識を向けているところ、バレエを氷の上で再現しているところ、音楽にあわせて振り付けを完ぺきにこなしているところ。そういうところはジョン・カリーの遺伝子を受け継いでいると思います。ステファンは僕の長年の友人ですが、彼のフィギュアスケートの特徴は、スケート中にジャンプをミスしても、各ステップを完ぺきにこなす。またベストタイミングで音に合わせて、踊り続けています。完ぺき主義なところはジョン・カリーに似ていると思います」

 

――もう一人ぐらいいますか?

「この世の中に美しいものが現れると、それが時間を超えて、どんどん人に影響を与えていく。ステファンは直接、ジョン・カリーに影響されていると思います。ほかのフィギュアスケート選手で、ステファンの影響を受けて、自分の技を学んできた、自分のパフォーマンスを生み出してきた人は直接ではないにせよ、ジョン・カリーの影響を受けていると思います。日本人でいうと町田樹、宮原知子の二人がジョン・カリーの影響を受けているのではないかと思います」

 

――今回の映画ではカリーのセクシュアリティも描かれています。劇中でジョニーさんはカリーの勇気をたたえるコメントをしていました。氷の上で、自分自身でいられるのは彼が作ったというニュアンスのことを言っていました。ジョニーさん自身の戦いについても教えて下さい。

「世間ではなかなか受け入れてくれないのは、今でも続いています。僕も自分がゲイであり、まわりから注目されてきたんですが、それを問題とは思わず、自分はそうやって生まれてきたので、自分自身のセクシュアリティはこうなんだという認識でやってきました。このように自分を隠さずフィギュアスケートをやってこられたのは過去に同じ経験をし、同じ戦いをしてきた人たちのおかげです。ジョン・カリーもその戦いをしてきた人。ほかのフィギュアスケーターでいうとルディ・ガリンド。彼も成績を残しているフィギュアスケーターですが、彼もゲイであり、自分で公表したのではなく、他の記者が(彼がゲイである)情報を流したことで、問題がありました。

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僕自身は
2006年のトリノで初めて五輪に出場することになりました。9年間しか滑っておらず、経験としては浅いと思っていたけれど、ゲイということを忘れて、愛国者であり、国のためにメダルを取るという思いで成績を残そうと思ったんですが、でも失敗してしまったんです。滑り終わった後の記者会見で、いろんな質問があると思ったんですが、唯一、みんなが聞きたかったのは、“ジョニー、君はゲイだよね?”っていうセクシュアリティに関する質問で、がっかりしました。そっちより“オリンピック選手として失敗したのはどういう気持ちでしたか?”と聞いて欲しかったけど、そこは違いました。

僕はその質問に対して、回答を避けることはせず、そんなことよりも自分のパフォーマンスの方が需要じゃないですか? とそちらのほうを主張してきました。その次の2010年のバンクーバーの五輪でも出場して、最高のパフォーマンスをやりましたが、あいにくメダルがとれなくて。そのあとにメディアでも話題になった問題がありました。カナダのコメンテーターの誰かが“ジョニー・ウィアーの性別テスト、本当に男性なのかを調べよう”といういう話もあったんです。9年前の話でしたが、“そんな話がいまだにあるんだ”と残念に思いました。

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当時はこういうのを変えたいと心から思い、記者会見を開き、いろんな質問に対して回答したりしていました。自分自身は“性格は強い”と思っていて、いろんな質問(ゲイであることなど)が来ても答えられると思っていましたが、そこまで強くない人もいます。そんな人たちをサポートしていきたいという気持ちが当時から生まれ、彼らをサポートするような活動をずっとやってきています。

最近では平昌五輪のアメリカ代表、アダム・リッポンも実績を残していますが、彼はオープンにゲイとして出場し、ツイッターでも政治家と口論して話題になっていますが、人の認識は変わってきています。でも一方でホモフォビアはまだはびこっていると感じています」

 

ジョニーさんは穏やかな人柄だけど、ご自身の仲間を傷めつける相手には立ち向かう。それがジョニー・ウィアーだという気持ちがします。

「アリガトウゴザイマス(日本語で)」

 

――ジョニーさんは2022年にプロスケーターとして引退されることを発表されました。

「そうです。僕は長年、フィギュアスケートをやってきて、そもそも自分の出身は小さな集落なんですけど、雪が降ったら2週間出られないこともあったので。そこから出た人がオリンピック選手になるのはなかなかないのですが、自分は出場して、それが果たせた。実績が残せたのは、幸せに思っています。

今までいろいろと経験してきましたが、各瞬間が心の中に刻まれて。貴重な経験ができたと思います。年を重ねると、滑って、転倒すると、痛みがずっと続いてしまう。ほかの仕事が多忙で、練習をいつするかというと、深夜1時にすることもあります。このように時間を作ることができなくなったので、こういう決断になりました。

この道は自分だけが歩んできたわけではなく、ファンの皆さんと歩んできたものだったと思います。皆さんから手紙やプレゼントをもらったりして、私が成功するときも、失敗するときも支えてきてくれたので、感謝の気持ちがあります。決断した時は深く考えてなかったのですが、この話を毎回すると涙が出てきますね。自分はフィギュアスケートをやめたくない気持ちは強いです。ただ、若い選手たちが出てきて、彼らがまた次の世代を支えていく流れになればいいなと思います。それを横で見守り続ける立場にはなると思いますが、将来、また新しい挑戦ができるようになるのも、楽しみです」

 

 トークショーはこれにて終了。これまで苦しい思いをたくさんして来たであろうに、それを微塵にも感じさせない笑顔で、話しづらいことも口にしてきたジョニー
 彼が口にした1996年の全米チャンピオン、ルディ・ガリンドは現役引退後、HIVに感染していることを公表。同じ病で苦しむ人たちのためにも、プロスケーターとして活躍し続け、LGBTQのスケーターたちにも大きな影響を与えています。

 トークショーはセクシュアリティの話が中心となりましたが、映画はジョン・カリーの豊かな表現力に加え、いまの私たちが見ても、“斬新”と思えるような演出が満載です。ぜひ、劇場に足を運んで、その美しい世界を堪能して下さい。

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■原題・英題 The Ice King

 

監督:ジェイムス・エルスキン(『パンターニ/海賊と呼ばれたサイクリスト』)

出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ロビン・カズンズ、ジョニー・ウィアー、イアン・ロレッロ

ナレーション:フレディ・フォックス(『パレードへようこそ』『キング・アーサー』)

2018年/イギリス/89分/英語/DCP16:9/原題:The Ice King

字幕翻訳:牧野琴子/字幕監修・学術協力:町田樹

配給・宣伝:アップリンク

 (c)New Black Films Skating Limited 2018

(c)Dogwoof 2018

 

■公開日

2019531

 

■公開情報

新宿ピカデリー、東劇、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

 

■公式サイト

http://www.uplink.co.jp/iceking/

 

■作品紹介

アイススケートをメジャースポーツへと押し上げ、さらに芸術の領域にまで昇華させた伝説の英国人スケーター、ジョン・カリー。彼はバレエのメソッドを取り入れた演技で、1976年インスブルック冬季五輪フィギュアスケート男子シングルの金メダルを獲得する。しかし、マスコミが真っ先に伝えたのは、表に出るはずのなかった彼のセクシュアリティだった…。今もなお、伝説として語り継がれる氷上の王を彼を知る人たちの証言でつづるドキュメンタリー映画。


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